とある春の佳き日に神田川を散策をしていました。
ふっと目をやると川のほとりに「博物館」の文字を発見。

中へ入って行ってみると、にゃんこがお出迎えしてくれました。

あ、目が合った!

「なにかご用かにゃ?」

え? この猫が? しゃべった?

シュタシュタシュタ。

「こちらですよ」

あ、違った。

こちらは富田染工芸の富田篤社長。
富田染工芸5代目であり、東京都染小紋の伝統工芸士でもあります。

新宿区がすすめるミニ博物館事業の一環で、作業場の一部を博物館として公開しておられます。
染色産業は江戸の地場産業で、武士の裃(かみしも)に代表される小紋染などが発展しました。かつては日本染色産業の三大産地として京都、金沢と並ぶほどの規模を誇っていたとか。

はじめは神田、浅草が染色業のさかんな場所だったのが、明治時代以降に水質が悪化。
それに伴って拠点を上流へと移し、現在の江戸川橋から落合に至る地域が染色の一代集産地になっていったそうです。

では早速、工房へ入ってみましょう。

長〜〜い板の作業台がずらりと並び、さらに天井にも作業台がたくさん立てかけてあります。

この場所では型紙の彫刻と型付けの作業を行うそうです。

では染色の流れについて説明を受けながら、工房見学といきましょう。

まずは型紙の彫刻。
良質の手すき和紙を柿の渋で貼り合わせた地紙に模様を彫っていきます。

この時は星の模様を彫っておられました。

工房の奥には型紙がたくさんストックされています。

ほらほら。こんなに!

続いて目糊を調整します。
これが目糊。

目糊は糯米粉(もちごめこ)と米ぬかを混ぜて蒸し、練って作ります。

ここで目糊が作られています。
昔は糊屋さんから仕入れていたそうですが、糊屋さんが廃業をしてしまい、現在は糊もこちらで作っているそうです。

続いてそこに染料を入れます。

こちらが染料。

試験染めをしながら作っていきます。


染めた端布を入れて蒸し、思った色になっているかを確かめます。

調整が済んだ色糊がずらりと並んでいます。

そしていよいよ型付け作業。
生地に型を乗せ、ヘラで糊を置いていきます。

糊を置いて

チェックして

綺麗な模様が浮かび上がります。
糊が付いたところには染料が付かず、柄が浮き上がるというわけです。

糊を乾かす間に手が空かないよう、長板は天井に立てかけて乾燥させます。
最盛期は1人の職人さんが8枚もの長板を順繰りに型付けしていたとか。
それが回らないようだと「手が遅い!」と先輩から叱られる、というわけです。

そしていよいよ染めの工程へ。
機械で染めていきます。この日は染めの工程はなかったため、機械だけの見学でした。

巻き取り時に染料が移らないように、おがくずがはたかれます。

染めが終わったら、染料を定着させるために蒸し上げます。

蒸しの後には糊と余分な染料を洗い落とします。
この工程を水元(みずもと)と言い、その昔は川で行っていたというわけです。

現在では地下水を使って洗い流します。
川での水元が禁止されたのは、東京オリンピックを控えた昭和30年代のことだそうです。
ちなみに現在では年に1回、夏に水元の体験イベントが行われています。

そして最後の工程である乾燥を経て、できあがりです。

こちらが出来上がり品。

着物を着る人が少なくなっていることもあり、染色産業を取り巻く環境は厳しいものがあると思います。
かつてあったような状態に戻すことは難しいし、現実的でもないでしょう。
ですが私たちの街、高田馬場にかつて染色産業のにぎわいがあったと知ること。
それを伝えていくことなら誰にでもできます。

このように、私たちの街には気づかなかった魅力や歴史がまだたくさん眠っているはずです。
その一端を見つけてお届けする手伝いができれば。そんな想いで高田馬場新聞は活動をしています。
何か情報があったらぜひともお教えくださいね。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
MUSEUM DATA
東京染ものがたり博物館(富田染工芸)
住所   東京都新宿区西早稲田3-6-14
電話番号 03-3987-0701
営業時間 月〜金 10:00〜12:00 13:00〜16:00
工房体験(有料)は要予約 平日5名以上
定休日  土・日・祝


PAGE TOP